みなさんこんにちは!
内閣支持率のニュースを見ていると、「過去最低」という言葉が繰り返し使われる場面によく出会います。
そのたびに、「じゃあ本当に歴代で一番支持率が低かった内閣ってどこなんだろう」と気になった方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、時事世論調査(中央調査社実施)という同一の調査系列で振り返ると、内閣支持率のワースト1位は竹下内閣の4.4%です。
そこで今回は、内閣支持率が過去最低クラスまで落ち込んだ歴代の政権を、ワースト5位から1位まで順番にランキング形式でたどっていきたいと思います。
読み終える頃には、それぞれの内閣がどんな状況の中で支持率を落としていったのか、背景まで含めて理解できているはずです。
読む前にざっくり
- 内閣支持率“過去最低”のランキングをどんな基準で比較しているかについて
- ワースト5位から2位までの内閣と当時の状況について
- 内閣支持率ワースト1位はどの内閣なのかについて
内閣支持率“過去最低”政権ランキング!ワースト1位は誰?

時事世論調査(中央調査社実施)という同一の調査系列で比較すると、内閣支持率のワースト1位は竹下内閣の4.4%です。
ここで最初にお伝えしておきたいのが、この記事で扱うランキングの前提です。
政府による歴代内閣支持率の公式なランキングというものは、そもそも存在しません。
今回のランキングは、1960年7月に始まった時事世論調査(中央調査社実施)という、同一の調査系列の中だけで比較した「池田内閣以降の最低支持率」です。
日本全体・全社共通の絶対的な順位というわけではない、という点はあらかじめご理解いただければと思います。
また、2016年には調査対象年齢が20歳以上から18歳以上に変更されている点にも注意が必要です。
調査対象そのものが変わっているため、これより前の時代の数字と単純比較する際は、その背景も踏まえて見る必要があります。
時事通信の内閣支持率推移データを見る限り、池田内閣以降でこれほど低い数字を記録した内閣はほとんどありません。
ここでどうしても気になるのが、政府は内閣支持率そのものは公表しているのに、なぜ内閣同士を比較したランキングまでは作らないのか、という点です。
考えてみると、内閣ごとの支持率を政府自身が序列化してしまうと、時の政権への評価そのものに政府が加担しているように見えかねません。
あくまで世論調査を実施する各機関が、それぞれの立場でデータを蓄積し、比較するのは報道機関や研究者の役割、という棲み分けになっているのではないかと思います。
支持率がどうやって算出されているのか、そもそもの計算方法や出し方が気になった方は、こちらの記事で詳しく解説しています。

それでは、ワースト5位から順番に見ていきましょう。
内閣支持率ワースト5位から3位はどこ?
内閣支持率ワースト5位は田中内閣の10.6%、4位は宮沢内閣の10.3%、3位は宇野内閣の10.1%です。
田中内閣は1974年11月、金脈問題への注目が高まり、首相が辞意を表明した時期に10.6%まで支持率が落ち込みました。
宮沢内閣は1993年7月、内閣不信任決議と衆院解散の後に、わずか10.3%というワースト4位の水準を記録しています。
そして宇野内閣は1989年7月、参院選大敗という逆風の直後に、10.1%というワースト3位の支持率を刻みました。
参院選で自民党が大幅に議席を減らした時期にあたり、政権への逆風がそのまま数字に表れた形です。
いずれも10%台前半という、当時の内閣にとってはかなり厳しい水準だったことが分かります。
特に宇野内閣については、参院選での大幅な議席減という結果を受け止めながら政権運営を続けなければならなかったわけですから、当時の官邸の空気はかなり重かったんだろうなと想像してしまいます。
選挙で厳しい審判を受けた直後というのは、閣僚一人ひとりが「次はどうなるのか」という不安を抱えながら過ごしていたのではないでしょうか。
数字だけを見ると単なる「10.1%」という記録ですが、その裏には政権を支える人たちの緊張感があったはずです。
内閣支持率ワースト2位=森内閣9.6%
内閣支持率ワースト2位は森内閣の9.6%で、2001年3月調査(4月公表)の数字です。
この時期は、えひめ丸事故後の時期にあたります。
支持率が10%を下回る水準まで落ち込むと、当然ながら不支持率はそれだけ高くなります。
森内閣の9.6%と、ワースト1位の支持率との差は、わずか5.2ポイントしかありません。
ワースト5位からワースト2位までの4つの内閣を並べてみると、いずれも10%前後の水準にかたまっていることが分かりますが、その中でもワースト1位との差がここまで小さいというのは、正直かなり意外でした。
「過去最低」というくくりで語られる内閣の支持率は、実はどこも似たような苦しい水準に集中しているんですね。
数ポイントの差で順位が入れ替わってもおかしくないほど、僅差の争いだったと言えそうです。
内閣支持率ワースト1位はいったい誰なのか
内閣支持率ワースト1位は、竹下内閣が記録した4.4%です。
1989年5月の調査で記録されたこの数字は、時事世論調査という同一系列の中では今も破られていない最低記録になっています。
竹下内閣の支持率がここまで急落した背景には、消費税導入と首相の退陣表明が重なっていたことがあります。

内閣支持率が下がる主な要因としては、景気・経済の悪化、増税・負担増、不祥事・スキャンダル、外交・安全保障の問題、災害・危機対応への評価など、さまざまなものが挙げられます。
竹下内閣のケースを見てみると、消費税という「増税・負担増」の要素と、首相の退陣表明という政治的な混乱が同時に重なったことで、支持率が一気に4.4%まで落ち込んだと考えられます。
支持率の急落は、単一の原因だけで説明できるものではなく、複数の出来事が同じタイミングで重なることで起きる、という構造がありそうです。
田中内閣・宮沢内閣・宇野内閣・森内閣のケースを振り返っても、金脈問題、内閣不信任決議、参院選大敗、事故後の批判など、いずれも一つの出来事だけでなく、政権運営そのものへの信頼が揺らいだタイミングで支持率が落ち込んでいることが共通しています。
支持率が大きく落ち込んだ内閣は、そのまま退陣に追い込まれるケースも少なくありません。
ここまで竹下内閣の4.4%や宇野内閣・宮沢内閣クラスの10%台という数字を並べてみると、私自身、「これ、国が崩壊するレベルじゃん」と思いました。
9割近い国民が支持していないというのは、それくらいのレベルの話だと感じたからです。
一方で現在の内閣、高市早苗首相のもとでの内閣支持率が57%まで下がったという数字を見たときは、正直「そもそも6割前後という高い水準からの下落だから、まだ全然余裕があるな」と感じたんです。
実際、読売新聞の世論調査では、2026年6月19日から21日の調査で69%だった内閣支持率が、7月24日から26日の調査では57%まで下落しています。
同じ「支持率が下がった」というニュースでも、10%台からの下落と60%台からの下落とでは、意味がまったく違うんですよね。
竹下内閣のように4.4%まで落ち込んだ状態というのは、ほぼ国民全体が支持していないと言えるレベルですが、69%から57%への下落は、あくまで高い水準の中での変動にすぎません。
この数字の落差に気づけたのは、今回歴代の「過去最低」ランキングを調べてみたからこそだと思います。
こうして歴代のワースト1位からワースト5位までを振り返ってみると、内閣支持率という数字が、政権にとってどれだけ重い意味を持つのかが伝わってくる気がします。
【まとめ】内閣支持率“過去最低”政権ランキングをおさらい
ここまで、時事世論調査という同一系列の中で振り返った、内閣支持率“過去最低”政権ランキングを見てきました。
ワースト1位は竹下内閣の4.4%、ワースト2位は森内閣の9.6%、ワースト3位から5位は宇野内閣・宮沢内閣・田中内閣という結果でした。
今回分かったこと
- 内閣支持率のワースト1位は竹下内閣の4.4%(1989年5月調査)
- ワースト2位は森内閣9.6%、3位は宇野内閣10.1%、4位は宮沢内閣10.3%、5位は田中内閣10.6%
- このランキングは時事世論調査という同一系列内での比較であり、政府公式の順位ではない
支持率が落ち込んだ内閣を並べてみると、消費税・内閣不信任決議・参院選大敗・事故後の批判など、それぞれに異なる背景があることが分かります。
数字だけを追いかけるのではなく、その裏にある出来事まで知っておくと、内閣支持率のニュースの見方がぐっと深まるのではないでしょうか。
内閣支持率がどうやって算出されているのか、新聞社によって数字が違う理由が気になった方は、こちらの記事もあわせてチェックしてみてくださいね。

参考資料

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