みなさんこんにちは!
今回は「中国の電気自動車(EV)ってなんでこんなに多いんだろう」という素朴な疑問を、じっくり考察していきます。
きっかけは、BYDが日本専用に開発した軽EV「RACCO」の発表でした。
ニュースを見ながら、「そういえば中国メーカーのEVっていつの間にこんなに増えたんだろう」と感じた方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、中国のEVメーカーが多いのは、単に補助金が手厚かったからではありません。
中国政府がガソリン車ではなく電気自動車を選び、世界で勝てる新しい産業を国家戦略として育てようとしたことが、大きな理由なんです。
そこで今回は、中国の電気自動車(EV)はなぜ多いのか、その理由や発展の歴史、そしてBYDが強い理由まで、順を追って考察していきます。
読み終える頃には、街で見かける中国製EVの増え方にも、これまでとは違う見え方ができているはずです。
読む前にざっくり
- 中国でEVメーカーが多い理由について
- 中国のEVがいつから発展したかについて
- BYDが強い理由について
中国の電気自動車(EV)はなぜ多いのか?その理由とは
中国のEVメーカーが多いのは「補助金がたくさん出ているから」という声を、ネット上でよく見かけます。
ここからは、その認識が本当に正しいのか、もう少し掘り下げて考えていきましょう。
中国政府が電気自動車を選んだ本当の狙いとは
実は中国のEV戦略のルーツをたどると、2000年にドイツを訪れたひとりの技術者にたどり着きます。
当時アウディの技術者として働いていた万鋼(ばんこう)氏は、インゴルシュタットにある本社を視察した際、あることに気づいたそうです。
ガソリンエンジンの改良で欧米や日本に追いつこうとしても、技術の蓄積の差はそう簡単には埋まりません。
それなら、まったく違う土俵で勝負したほうがいいのではないか。
万鋼氏はそう考え、電気自動車という新しい技術で先回りするべきだと提案しました。
この考え方は、その後の中国の国家戦略に色濃く反映されていきます。
2007年、万鋼氏は中国の科学技術部長という重要なポストに就任しました。
すでに2001年の時点で、国家ハイテク研究計画である「863計画」には電気自動車が重点項目として組み込まれていて、「ガソリンエンジンでは米国に遅れをとったが、電気エンジンでは我々が先を行かなくてはならない」という考え方が、政策の土台にありました。
調べてみて、EVメーカーが多いという現象の裏側に、ひとりの技術者の気づきが国家戦略にまで発展していたと知り、正直驚きました。
ガソリン車ではなく電気自動車が選ばれた理由
ガソリン車は、エンジンや変速機など積み重ねてきた技術の差が非常に大きい分野です。
欧米や日本のメーカーが長年かけて磨いてきたノウハウに、後発で追いつくのは並大抵のことではありません。
一方で電気自動車は、モーターとバッテリーが主要な部品になるため、技術の蓄積がまだ浅い分野でもありました。
考えてみると、新規参入する企業にとっては、技術の蓄積が浅い電気自動車のほうが勝負しやすい土俵だったと言えそうです。
そう考えると、中国が電気自動車を選んだのは単なる思いつきではなく、勝算のある戦略だったように思えてきます。
参入と淘汰を繰り返して増えていったEVメーカー
政策や補助金に引き寄せられる形で、2010年代の中国では新興のEVメーカーが次々と誕生しました。一時期は数百社規模にまで膨れ上がったとも言われていて、まさに「多い」という言葉がぴったりの状況だったわけです。
ただし、すべての企業が生き残れたわけではありません。
資金力や技術力に乏しい企業は次第に淘汰され、そこを勝ち抜いた企業だけがシェアを伸ばしていきました。
つまり中国のEVメーカーが多い背景には、政策による後押しと、そのあとの厳しい競争という二段階のプロセスがあったんですね。
ポイント
- 中国のEV戦略は元アウディ技術者・万鋼氏の提案が原点
- ガソリン車ではなく電気自動車が選ばれたのは技術の差を縮めやすいため
- 政策や補助金で新興メーカーが乱立し、淘汰を経て今の勢力図になった
中国のEVはいつから発展したのか?政策の歴史をたどる
中国のEVが本格的に発展し始めたのは2000年代後半からで、そこから約20年でいまの世界的な存在感を築き上げました。
ここからは、その具体的な歩みを年表的に見ていきましょう。
2000年代からの政策とモデル都市での取り組み

2001年、電気自動車は国家ハイテク研究計画「863計画」の重点項目に加わりました。
そして2009年には、公共部門のバスやタクシーを対象にした「十城千両」プロジェクトが始まります。
これは毎年10都市前後で、年間1000台規模の電動車両を導入していくという実証実験でした。
いわば、国全体でEVの使い勝手を試す壮大な社会実験だったわけです。
補助金による普及の加速
2010年になると、個人向けの新エネルギー車(NEV)購入補助が25都市で始まりました。
補助金の額はバッテリー容量に応じて決まり、EVは1台あたり上限6万元、PHEVは上限5万元が支給されたそうです。
この補助金政策によって、2015年から2018年にかけて市場は一気に拡大しました。
ただし急速な拡大の裏では、補助金の不正受給という問題も表面化しています。
そこで中国政府は2019年以降、補助金を段階的に縮小し、自動車メーカーにNEVの生産・販売比率を義務付ける「双積分(ダブルクレジット)」という制度に軸足を移していきました。
お金をばらまくやり方から、ルールで縛るやり方へ切り替えた形ですね。
輸出世界一へと駆け上がるまで
2022年、BYDはガソリン車の生産を終了し、世界の主要メーカーとして初めてEV・PHEV専業を宣言しました。
翌2023年には、中国の自動車輸出台数が491万台に達し、442万台だった日本を抜いて世界一に躍り出ています。
さらに車載電池の分野でも、中国のCATLが2024年時点で世界シェア37.9%を握り、8年連続で首位を守っています。
正直なところ、2000年代に一人の技術者が提案した戦略が、わずか20年ほどでここまでの結果につながったスピード感には驚かされました。
てっきりもっと時間がかかるものだと思っていたので、政策と市場がかみ合うとここまで一気に加速するのかと、調べていて実感した部分です。
ポイント
- 2001年の863計画で電気自動車が国家戦略の重点項目になった
- 2010年の個人向け補助金開始で市場が一気に拡大した
- 2023年に自動車輸出台数で世界一、車載電池でもCATLが世界シェア首位になった
BYDが強い理由とは?バッテリー企業からの歩み
BYDというと「もともと自動車メーカーだった会社」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
ですが実際に調べてみると、その成り立ちはまったく違っていました。
バッテリーメーカーとして誕生したBYDの原点

BYDは1995年、王伝福(おうでんぷく)氏がいとこから250万元を借りて、深センで立ち上げた会社です。
社名の「BYD」は「Build Your Dreams」の略で、当初は自動車ではなく携帯電話向けのバッテリーを手がけるメーカーでした。
ニッケルカドミウム電池から出発し、1999年には世界最大級の二次電池メーカーにまで成長しています。
2002年にはリチウムイオン電池の生産にも進出しました。
250万元という決して大きくない資金でバッテリー会社を興した王伝福氏の決断を想像すると、当時はまさに手探りの挑戦だったんだろうなと思います。
その挑戦がのちに、世界的な自動車メーカーへの土台になるとは、本人も予想していなかったかもしれません。
自動車参入とブレードバッテリーが生んだコスト競争力
BYDが自動車事業に参入したのは2003年のことです。
2008年には、世界初となる量産型プラグインハイブリッドセダン「F3DM」を発売しました。
そして2020年、独自のリン酸鉄リチウム電池「ブレードバッテリー」を発表し、安全性とコストの両立を実現しています。
電池・半導体・モーターまで自社で内製する垂直統合の体制も、BYDの大きな強みです。
その結果、2023年第4四半期にはEVの販売台数で一時的にテスラを上回るまでになりました。
自動車会社が電池を作るのではなく、電池会社が自動車を作っている。
この順番の違いこそが、BYDの強さの本質なのかもしれません。
日本市場への展開とRACCOの発表
BYDが日本市場に参入したのは2023年1月のことで、ミドルサイズe-SUV「ATTO 3」の発売がスタートでした。
その後、ドルフィンやシールと車種を増やし、2026年には日本専用設計の軽EV「RACCO」を発表しています。
今回このRACCOのニュースを目にしたことが、そもそも私がこの記事を書くきっかけになりました。
まさかバッテリー会社としてスタートした企業が、日本の軽自動車という独自市場にまで踏み込んでくるとは、数年前には想像しにくかった展開です。
ポイント
- BYDは1995年創業のバッテリーメーカーが出発点だった
- 2020年のブレードバッテリーで安全性とコストを両立させた
- 2023年からATTO3・ドルフィン・シール・RACCOと日本展開を加速させている
【まとめ】中国の電気自動車(EV)はなぜ多い?理由や発展の歴史をおさらい
ここまで、中国の電気自動車(EV)がなぜ多いのか、そしていつから発展してきたのかを見てきました。
振り返ってみると、その背景には単なる補助金政策ではなく、国家戦略としての産業育成、そしてBYDのようなバッテリー企業の技術力という、複数の要素が積み重なっていたことが分かります。
今回分かったこと
- 中国政府はガソリン車ではなく電気自動車を選び、新産業育成を国家戦略とした
- 中国のEVは2000年代後半から本格的に発展し、2023年には自動車輸出で世界一になった
- BYDはバッテリーメーカーとして誕生し、その技術力が自動車事業の強さにつながっている
BYDのRACCOのニュースひとつから調べ始めたつもりが、気づけば中国の産業戦略全体が見えてくるような感覚になりました。
これから日本のメーカーがどう対抗していくのか、引き続き注目していきたいと思います。
参考資料


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